(Leaf Visual Novel Series vol.3) "To Heart"Another side story

メカ耳少女の居る風景

第十四話
『Humane・前編』の巻

Written by -->MURAKUMO AMENO HOME PAGE -->SEIRYU-OU KYUUDEN

Original Works "To Heart" Copyright 1997 Leaf/Aquaplus co. allrights reserved


 この小説は、販売・株式会社アクア、企画・制作・リーフのウィンドウズ95用ヴィジ  ュアルノベル・ソフト「ToHeart」を基にした二次創作物であり、作中に使われる名称  は一部を除いてほぼフィクションです。  したがって、ゲームの公式設定・裏設定に準じた物語ではないために、誤解を招く場合  等がありますが、その場合はご容赦願います。  ちなみに、  この小説の中に出てくる少女たちと会いたいと思ってくれた方々には、つつしんで「探  せば会える」とだけ言っておきましょう。


平盛○○年1月15日(金・祝)午後2時42分・天気・・・晴れ

 「・・・違法プログラム、出所のわかんねぇチップ、あやふやな知識での改造・・・そんな中
 途半端な事してるから、こうなっちまうんだってぇの・・・」
 格好つけてはみても、状況は一向に好転の兆しを見せない。
 机の無い会議室のような所に追い込まれた俺は、窓から見える数メートル下の景色を呪
 うように見つめた。
 脱出口は・・・ご丁寧に、可愛い受付少女がとおせんぼって所だ。
 濃いピンクの髪と瞳、紺色の吊りスカートに白いブラウス・・・マルチ型としてはオーソ
 ドックスな姿だが、今現在このメイドロボが俺に行っている行動は、そんな可愛らしい
 外見に最もそぐわない行動だった。
 その受付嬢も、俺の所に早足で迫って来る。
「・・・アポの確認か?」
・・・ひゅっ
たんっ
 末期のジョークを嘲笑うかのように、細い右手を振り上げて跳躍する少女。
 細いと言っても、超硬合金と複合素材でできたこん棒のようなものだ。この子の力で頭
 を殴られたら・・・それこそザクロかスイカ割りって所だ。
「リュース・・・」
 最後の最後に好きな女の子の顔が浮かんだのは、これから旅立つ俺にとっては至高の幸
 福だった。
 そして、そんな想いを脳髄ごとつぶすための鉄槌が・・・
ぶぅんっ!!
 今、
 振り下ろされた。


               # # #


 一時間前。

 人込みの中を抜け出して安住の地を探していた俺は、同行していた元帥とともに喫煙所
 へと向かっていた。
「ふぅ・・・相変わらず盛況ですね。」
 商工会議所ビルの2階で行われているこの同人誌即売会は、東京からの企業体が運営し
 ているイベントだ。コスプレ可、広い会場、加えて充実している委託本・・・とくれば、
 この場末の地で盛況を保っている理由も分かる。
「そだね〜まぁ、来甲斐のあるイベントだしね〜」
 元帥も、このイベントには良く参加している。主にこの人の目的はグッズ探しとコスプ
 レ撮影なのだが・・・
「・・・元帥。」
「なぁ〜にぃ〜」
 スネー○マンショウかい。
「それ・・・止めません?」
「え〜!こんなにかっこいいのに。」
 と言ってバイ○C1を見せ付ける。
 バ○オC1。
 ソ○ーが開発した、デジカメとの一体化がウリのラップトップパソコンだ。
 ○イオシリーズ特有の薄さと小ささを継承しつつ、手軽なデジカメとしても使える多機
 能さは、他の携帯型のパソコンに類を見ないものだ。
「だからってそれでコスプレを撮ろうとしないで下さいよ!被写体がみんな引いちゃって
 るじゃないですか!!」
「え〜だってぇ・・・許可、とってるよ。」
「・・・そういう問題じゃない。」
 赤い「撮影許可証」と書かれたステッカーを貼ったバイ○をひらひらさせる。
「んーな事やってるから、札幌○ドームのイベントでいらんいざこざ起こすんじゃないで
 すか。」
「はて、何かあったっけ?」
「・・・『撮影許可出せ』対『そんな怪しいものに許可は出せん』の押し問答30分一本勝
 負・・・」
「あ、ほらほら、椅子あいてるよ〜」
 すたすたとベンチに座る元帥。話をそらすための行動である事は明白だ。
「ったく・・・よく此処もすんなり許可出したよな・・・」
 「カメラチェックされなかったからさぁ〜」とは、後の元帥の弁。
かちっ
・・・ふは〜
かたかたかた
 うまそうに煙草を吹かしながら、元帥はバ○オを覗き込んで今日の収穫を確認している。
 リュースの写真を画面に出した時、元帥は俺に声をかけた。
「おんや?そう言えばリュースは?」
「あぁ・・・あいつなら、うちのサークルの着物組に連れられて会場巡りですよ。」
 成人の日だからって、着物でイベント会場に来るのは間違ってると思う。
「リュースは人気者だねぇ〜あのモード、使ってる?」
「『猫っかぶり』ですか?・・・今は、まだ・・・」
「駄目だよ〜どこでどんな突っ込みが来るか分かんないからね〜」
「・・・そうですね。」
 以前、パソコンショップの店員に追求された事を思い出す。あの時はセレブのおかけで
 事無きを得たが・・・いや・・・あれはあれで問題かも・・・
「ししょーっ!」
「ししょーっ!ししょーっ!!」
 脳天を貫くような声が向こうから駆けて来る。うちのサークルの名物、美和と美香の
 「みーみーコンビ」だ。
「呼んでるよ。雨ちゃん。」
「ったく・・・けたたましいのが来たよ。」
 俺がここ旭川で所属しているサークルの人間は、昔から付き合いのある人間を除いて全
 員が俺を「師匠」と呼ぶ。
 格闘ゲームの指導をしてやったのが理由なのだが・・・結局、リュースにも同じような事
 やってんだもんな、俺・・・
「お前らっ!着物姿でどたばた走ってくんな!!」
 こいつら、恥じらいとかお淑やかさを何処に忘れてきたんだ?
「そんな事より師匠!大変だよ!!」
「うんうん!」
「・・・何だ?今更お前らが何やったって、驚かんぞ。」
「落ち着いてるね、ししょー。」
「誰のせいだとおもっとるんだ。」
 全員が口々に呟く。
「私のせいか?」
 美和ちゃん。
「私じゃないにゅ。」
 美香ちゃん。
「俺のせいだよ〜」
 とどめは元帥。
「まぁ、否定はせんが・・・」
「それどころじゃないにゅーっ!!」
「・・・あぁ、はいはい。分かったから人間語で話せ。」
「あのね、あのね、」
「いいから落ち着けよ・・・」
「リュースが、リュースちゃんが拉致されたにゅーっ!!」
「何ぃっ!」
がたっ
「って言っても中田さんに捕まっただけだけど・・・師匠?」
 そんな美和ちゃんの言葉を聞かず、俺は会場に歩き出していた。
 いや、
 聞いていたからこそ急いだのだ。
「・・・中田か・・・」
 俺がそうつぶやいた時、
「ふえぇ・・・ご、ご主人さまぁ・・・」
 会場から出てきたリュースの姿が、俺の爆走を押しとどめた。
 しかし、そこで俺の表情は緩む事無く、険しいままで固まった。
「やぁ、雨野さん。偶然ですね。」
「・・・あぁ、そうだな。」
 中田。
 低めの背に、ぼさぼさの頭。ジーパンにジージャンと言うスタンダードないでたちにも
 かかわらず、どこか腹黒い印象を与えるのは何故だろう。
 電子機器、特にパソコンに精通した知識を持っているが、その技能以上に悪い評判が彼
 にはつきまとっている。
 プレミアカードの不当な転売。
 裏ネットへの関与。
 小銭を稼ぐために、友人にすら何でもない物品を高額で売りつける・・・そんな「小悪党」
 と評するに最もふさわしい人物だ。
「何だかひさしぶりですね。」
「なかなか会う機会は無いからな・・・しかし、どういう風の吹きまわしだ?君はこのイベ
 ントには来ないって聞いていたけど・・・」
「いやぁ、僕はもう気にしてませんから。」
 本人は気にしていなくても、周囲はそう思っていないらしい。事実、中田を見つめるイ
 ベントスタッフの目つきは尋常じゃない。
 何があったかは知らないが、そのスタッフの反応を見るだけでも、相当な確執が彼と彼
 らの間で存在している事は容易に想像できる。
「いやぁ、でもたまにはこう言う所にも来てみるもんですよ。こんな掘り出し物がうろつ
 いてるなんて・・・」
「ふえぇ・・・い、痛いですぅ。」
「!!」
 俺は、やっと気がついた。
 中田がリュースの後ろから離れないんじゃなくて・・・中田はリュースの腕を後ろ手にし
 てつかんでいたんだ。
 烈火の如く怒りが湧きあがる。
がしっ
「!」
「あ・・・」
 歩み寄ると同時に中田の手からリュースを奪い、そのまま左腕で抱き寄せる。
「乱暴だなぁ・・・これだからメカフェチなロリコンオタクは・・・」
 明らかに聞こえる声で、ひそひそと悪態をつく。
「中田。」
「あ、すいません。聞こえました?」
 人なつっこいはずの笑顔が、凶状持ちの顔に見える。
「いやぁ、雨野さんの趣味は分かってたつもりですけどね、ここまで濃いとは・・・いや、
 俺も一体持ってますけど、そこまでは・・・ねぇ。」
「・・・何が言いたい?」
 相変わらず空気の読めない奴だ。これで世間の裏を上手く渡っているつもりだから始末
 に負えない。
「髪とか目の色を変更するのは俺もやってますけど、その擬似感情プログラムはいただけ
 ませんねぇ〜」
「擬似感情プログラム・・・?」
「メイドロボのOS上で動かす、まるで感情を持っているような反応をさせるプログラム
 だよ。」
 いつのまにか、俺とリュースの後ろに立っていた元帥がつぶやく。
「元帥。」
「はうぅ・・・」
 俺とリュースが振り返ると、その表情はすでにいつもの柔和な笑顔に変わっている。
「ま、あくまで擬似的なもんなんだけどね〜」
「知ってるんですか。さすが元帥さん。」
「まーね。」
 驚異のちゅるぺた元帥は、中田相手でも自分のペースを全く崩さない。
「元帥さんも言ってやって下さいよ、雨野さんの擬似感情プログラムはおかしいって。き
 っとこれ、安物ですよ。」
「・・・くっ」
さっ
 一歩前に出ようとする俺を、差し出された元帥の手が押しとどめる。
「おやおやおや〜どうしてそう思うんだい?」
「だって、何話し掛けても『あのあの』しか言わないし、会話パターンは少ないし、ちょ
 っと連れて行こうとしたら逆らうし・・・これじゃあつまんないですよ。」
「え?べつに普通じゃん。ふつ〜ふつ〜」
「えーっ。だって、俺の持ってるメイドロボに入れてあるやつは凄いですよ!!会話パター
 ンも山ほどありますからねぇ!今、車から持ってきますよ。」
すたすたすたすた
 足早で喫煙所を去る中田を、怯えた目で見やるリュース。
「ご、ご主人さま・・・」
「大丈夫だったか、リュース。」
「はいぃ・・・」
ぎゅっ
 俺の上着をつかむ手の震えが、こいつの思いを如実に物語る。
「・・・すまない、リュース。」
 センサーに気を付けつつ、後頭部を抱くように撫でる。
「ごめんね、リュースちゃん。」
「・・・元気、出すにゅ。」
「いや、お前達が悪い訳じゃない。・・・俺がちゃんとついていてやれば・・・」
 自分の軽率さが許せない。
「しかし、困った人だね〜何つーか、なってないね。」
「・・・元帥。」
「あー言うプログラムって大体裏ルートで出回ってるんだけど、それだけに不安定なのが
 多いんだわぁ。その上、多機能な奴ほどOS自体に干渉するから・・・不安定を通り越し
 て、危険だと思うけどね〜」
「私は・・・大丈夫なんでしょうか・・・」
 リュースは、落ち込んだ声で不安を露わにした。その不安に応えるかのように、元帥の
 声は優しさを帯びる。
「根本から違うしね・・・それに、さっきから人目も気にしないで慰めてくれるご主人さま
 もいるからね〜」
「あっ・・・」
「なっ!げ、元帥!!」
 顔はしっかりと伏せていて良く分からないが、少なくとも頬は真っ赤だ。
「お、俺は、ただ・・・こいつの震えが収まるまでは、抱いていてやろうと・・・」
「うわ〜はっずっかっしいぃ〜」
「妬けるにゅー!妬けるにゅー!」
「全く、甘甘ご主人さまだねぇ〜」
「き、貴様らあぁっ!!」
「はうぅ・・・」
 そんな柔らかな空気を払拭するかのように、階段の向こうから中田の声が聞こえる。
「早く来いよ!ドジ!!」
「すみませーん、えへっ♪」
 妙に軽快な少女の声が、続けて聞こえてきた。
「・・・玉川紗己子、かな。」
「・・・・・・さすが元帥。」
たんたんたんたん
 招かれざる友人は、早足で我々のもとに戻ってきた。
「お待たせしましたーっ!」
 後ろに満面の笑顔をたたえる少女を引き連れて。
「これが俺のマルチですよ。『ライム』挨拶しろ。」
「はーい、ライムでぇーす!皆さん、よろしくお願いしますぅ♪」
ぺこり。
 軽やかに一礼をする、ピンクの髪と瞳の少女。白いブラウスと紺の吊りスカートが幼さ
 をより一層際立たせている。
「どうです、表情豊かでしょう!あるルートから手に入れた最高級の擬似感情ものですか
 ら、これがまぁ、今の最高クラスかな。」
 最高クラスの感情表現って・・・一体なんだ?
「・・・ぶりっ子。」
「わざとらしいにゅ。」
「いっつもこんな感じなのかなぁ。」
「・・・それはそれで嫌だにゅー。」
「笑ってばっかり・・・」
「可愛く無いにゅー!」
 遠慮会釈ない言葉の弾丸が「みーみーコンビ」から放たれる。
「な、何言ってるんですか、これが今の最高水準ですよ!こんな変な感情表現しかしない
 メイドロボなんて・・・」
「・・・ひっ」
 中田がリュースに向かって手をかざすと、俺の腕の中で息を飲む声が聞こえた。
「あ、ちょうどいい、これとライムを見比べて・・・」
ぱあんっ
 リュースに向かって差し出された手を、俺の拳が容赦なく弾く。
「痛てっ、何するんですか!」
「お前の目は節穴か、中田。」
「はぁ?」
「うっ、うっく・・・」
 自分が手を伸ばした先にいる少女が涙を流している理由を、こいつは分からないらしい。
 俺がその手を払いのけた意味も。
「・・・さっきからこれ、泣いてばっかじゃないですか。」
「当たり前だ・・・怯えてるんだよ、お前に。」
「何ですかそりゃ?メイドロボが人間を嫌うって言うんですか?」
 いかにも馬鹿にしたような口調で吐き捨てる。
「・・・いいですか?メイドロボって言うのは、基本的に人間に従うようにプログラミング
 されているんですよ?それを前提とした上でOSも組まれている訳で・・・」
 中田のご高説を無視して、震えるリュースの顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「は、は・・・い・・・」
「おいちょっと、無視しないで下さいよ。」
 ・・・いい加減「空気を読めない」と言う理由でこいつを容認するのも飽きてきたな・・・
「リュース、お前・・・人間は、嫌いか?」
「えっ?」
 突然の質問に戸惑う。
「そ、そんな・・・」
「お前の思う通りに言っていいんだぞ。」
「・・・いいえ、人間は・・・好き、です。」
「ほーらやっぱり。所詮プログラムには・・・」
「黙れっ!」
「・・・・・・」
 中田も、正面きって制されれば口をつぐまざるをえない。
「で、でも・・・」
「・・・何だ?」
「人間には、色んな人がいます・・・いい人も、優しい人も、怖い人も・・・」
ちらっ
 中田を見やるリュース。
「中田さんは・・・怖い、ひと・・・です。」
「な、何ぃ・・・」
ざわざわざわ
 いつのまにか、周囲には人の壁が出来始めていた。
「中田が嫌いなのか?」
「そうじゃないです!そうじゃない・・・けど・・・」
ぎゅっ
 俺の上着をつかむ手に力がこもる。
「大事にしてくれるか・・・壊さないように扱ってくれるかと言われると・・・とても・・・不安
 ・・・です・・・」
がたがたがた
 リュースは自分を乱暴に扱う人に、過敏ともいえる拒否反応を示すようになった。それ
 は・・・過去、機械として扱われていた時の記憶が、こいつの中に傷を作ってしまったか
 らだろう・・・
・・・ぐっ
 こいつを抱く手に、力がこもる。
「分かってるよ、こいつが機械だって・・・こいつの心が命令(コマンド)の集合体だって事
 もなぁ・・・でもよ、中田。」
きっ
 中田を見据える俺の目は、多分今までにこいつが見た事も無いような瞳だろう。
「・・・な、何・・・」
「器を作ってるものの違いなんて、案外小さいもんだぜ・・・中身の違いにくらべりゃあ、
 な・・・なぁ、元帥。」
「・・・うん、そうかもね〜」
 この期におよんでもマイペースかい。
 全く大した人だ。
ざわざわざわ・・・
 遠巻きに我々を見ている人間がざわめき続ける中で、中田だけが己の身の置き場を求め
 てつぶやき続けていた。
「何だそれ・・・何だよ・・・」
「あはっ?どうしたんですか、ご主人様♪」
ざわざわざわざわ
 周囲の人々の無作為な呟きは、中田の心を徐々に追い込んでゆく。
「・・・・・・」
「そーんな元気の無い事だと駄目ですよ、もっと明るくいかないと〜」
「・・・れよ・・・」
「えっ?何ですかぁ?」
「・・・黙れよ・・・」
 その時、俺とリュースは気がついた。
「ご主人さま・・・」
「・・・あぁ。」
 責めるような視線の衆人環視の中、中田の目に尋常では無い光が宿った事に。
「黙れっ!!」
ざわっ・・・
 いきなりの怒声に、全員の目が中田の方を向く。
 プライドの崩壊、逆ギレ、マジギレ・・・言い方をどう変えようが、彼の怒りそれ自体は
 変わらない。
 逆説的に言うならば、彼は己の真理を完全否定されたため、その怒りを否定した人物で
 はなく、否定された自分の真理の具現へと怒りの矛先を向けたのだ。
 この場合の真理の具現、それは・・・
「こんな物・・・ただの機械じゃねぇか!機械を機械として扱って何が悪いんだよ!」
ぶんっ
 右足が勢い良く上がる。
がんっ
「あいたっ!」
「・・・ふっ、う・・・」
 明朗に蹴り倒された痛みを表現する少女と、目を背けて俺の胸に顔を埋める少女・・・そ
 の対比が、より一層中田の怒りをあおった。
「いたたたた・・・ひどいですよ、ご主人様ぁ。」
「・・・殴られたって、笑って人間に従っていればいいんだろ・・・それが機械ってものだろ!?
 どうせ壊れたって、金出して直しゃいいんだから!」
がしゃっ!
 倒れたライムの頭を、したたかに蹴り上げる。
「ピッ!ヴィッ・・・」
 奇妙なビープ音が漏れる。
「ふ、ふええぇぇ・・・」
 静かに泣き続けるリュースを抱き締めながら、俺の中にはマグマにも似た怒りがふつふ
 つと沸き上がってきた。
「こいつ!!・・・おいっ中田!もう止めろ!!」
 俺の怒りを感じてか、中田の表情には激情の色は失せ始めている。かわりに、俺に向け
 る視線は氷のように冷たい。
「おやぁ?やっぱりメカフェチのあなたには見過ごせませんか?」
「そう言う問題じゃねぇ!その胸くその悪くなるリンチを今すぐ止めろっつってんだよ!!」
「・・・別に良いじゃないですか、雨野さん・・・だって、こいつは俺の物なんですよ?あなた
 にとやかく言われる筋合いは有りませんよ。」
 中田は悪びれる様子も無く、俺の怒りに油を注いでいる。
 「一発ぶん殴らなきゃ分かんねぇのか・・・」
 そんな考えが頭をよぎったその時、
ゆらっ・・・
 煮えたぎる俺の怒りの代弁者は、意外な所にあらわれた。
「ん?やっと立ったのかよ。全く、本っ当に使えないロボ・・・」
がっ!・・・どむっ!!
「ぐうっ!」
「?」
 そこにいた全員が、何が起こったのか理解できなかった。
「・・・な、なんで・・・?」
 首をわしづかみにされつつ壁に叩き付けられた中田は、徐々に喉を絞める力を強めてい
 るメイドロボを「信じられない」と言った風に見つめた。
「ラ、ライム、止めろ・・・ご主人様の言う事が聞けないの・・・か・・・」
 苦しい息の下で出した命令を、意に介する様子も無い。
「私を破壊する者・・・」
 虚ろな目が中田を責め立てる。
「・・・でも、私のご主人様・・・」
・・・すっ
どさっ
 ライムの力が緩んだ時、その絞首刑台のような戒めは解かれた。
「ごほっ、ごほっ、」
 中田は激しくむせてはいるが、特にそれ以外の外傷はなさそうだった。
「ご主人様・・・」
 つぶやきが聞こえた。
「・・・ひぃっ。」
 喉を押さえ、尻餅をついたままの体勢で後ずさる。
 俺達が居る所まで撤退した小悪党は、懇願するような表情を浮かべたまま我々の後ろに
 身を隠す。
「し、知らねえよ!俺は、も、もうお前のご主人様じゃない!」
「・・・・・・」
 しばしの沈黙が周囲を支配する。
「ご主人様じゃ・・・ない・・・」
 壁に右手をかざすようなポーズのまま、ライムは微動だにしなくなった。
「そうだ、お、俺はもうお前のオーナーじゃない!」
「中田ぁ!!貴様!」
がしっ
 怒りが俺を突き動かす。
 俺は泣き止んだリュースを放すと、へたり込む中田の胸倉を左手で力の限りつかんだ。
「なに中途半端な事やってんだよ!手前勝手にこの子の頭をいじり回しておきながら、い
 ざどうにもならないとなったらポイ捨てか!」
「そんな、俺はちゃんとした改造を・・・」
「どこをどうしたのか言ってみやがれ!」
「ま、まず・・・」
 この期におよんでも自分の面子を守りたいのか、中田はやや自慢げにライムとやらに施
 した改造の数々を語った。
 処理を高速化させるためのアクセラレーター。
 動力制御リミッターの解除。
 多数のコマンドを並列処理させるための追加チップ。
 数知れない機能増幅用のプログラム・・・だが、その全てが正規のものではなく、コピー
 か模造、あるいは裏ルートから手に入れた安価な粗悪品なのだ。
「まぁ、考えられるだけの機能は盛り込んで・・・ぐっ!?」
 俺が胸元をつかむ力をきつくしたため、言葉を途切れさせる。
「貴様・・・」
「怪しいものを使うな、とは言わないけど・・・相応の知識が無いなら手は出さない方が無
 難だね〜」
 元帥がつぶやくように言い放つ。
「・・・てめぇみたいな奴をなぁ・・・」
すっ
「・・・!」
 右手を後ろに引くと、中田が微かに息を飲む音が聞こえた。
「半可通のカス野郎って言うんだよぉ!!」
ひゅっ
 俺の右拳が中田の顔面をとらえた。
がしっ
 いや。
 ・・・とらえた、筈だった。
「ご、ご主人さまぁっ!!」
「!?」
 不意に右手首を拘束する感触と、リュースの声に顔を上げる。
「・・・ライ・・・ム・・・」
 俺の右には無表情なままのライムがいた。
 手には俺の手首をがっちりとつかんだままだ。しかも、その力は徐々に強くなってきて
 いる。
・・・ぎりっ
「くっ・・・」
 右手を万力で締め上げられるかのような痛みに、思わず左手を放してしまう。
「げほ、げほっ!・・・お、俺は・・・」
たたっ!
 踵を返して走り去る中田の背中を見送り、淡々と言葉を吐き出すライム。
「・・・ご主人様の解放を確認。これより、加害要素を除去します。」
 俺がその言葉の意味を理解したのは、ライムに強い力で腕を引かれ、人込みの中に押し
 やられた時だった。
「てめぇ!待ちやが・・・うわっ!」
ぶんっ・・・どんっ
「きゃっ」
 見知らぬ女性の悲鳴が、耳元で聞こえる。
 だが、のんびり謝ってる余裕はない。なぜなら・・・
「加害要素を・・・除去します・・・」
 ゆっくりと、しかし、確実に脅威は迫っているからだ。
ざわざわざわざわ
 激しくざわめきながら、俺の周囲から人壁が引いて行く。
 賢明だ。
「ご、ごご、ご主人さまぁ・・・」
「・・・元帥たちと一緒に下がれ、リュース。元帥!通報頼めますか!?」
「ん?今やってるよ〜」
 ほんとに状況が分かっとんのかこの人は・・・
 元帥はPCにモバイル機能用アダプターらしき物を接続して、何処かへと通信を送って
 いる。
「・・・雨ちゃん。」
「何ですか?」
 後ずさりながら答える俺も、相当律義な奴だ。
「応援は一個師団でいい?」
「誰が自衛隊ハッキングしろって言ったこのすっとこ元帥!!」
 ああ・・・
 と、つっこんでいる暇はないっ!
ぶおんっ
「うわっ!!」
ごすっ
 小さな拳が無骨な音を立ててコンクリートの壁に当たる。
「加害要素・・・除去・・・」
・・・すっ
 拳を引いた後の壁は、二すじ程のひびが走っている。
 無造作に腕をふるっただけでこれなのだ。渾身の力を込めたなら、小さな穴ぐらいは空
 くだろう。
「・・・洒落になってねぇぞ、おい・・・」
 当然だ。
 周囲の誰もがこれをアトラクションの類だとは思っていない。
 それを一番理解しているのは、俺の目の前でパイプ造りのベンチを持ち上げている少女
 だろう。
「加害・・・要素・・・除去・・・」
ぶんっ
「・・・うわっ」
 避けようとしたが、時既に遅し。
ぱむっ!!
 飛んできたベンチの茶色いクッションが俺の胸元を襲った。
「・・・!!・・・」
 予想を遥かに上回る衝撃を受けて、俺は体ごと後に吹き飛ばされた。
がだんっ!
 背中を焼けるような衝撃が襲ったかと思うと、
ふわっ・・・
 一瞬の浮遊感と、
どさっ!!
「うぁっ・・・」
 それに続いて背中と床のコンクリートがすれる感覚。
 どうやら俺は、ぶっとばされた衝撃で後ろにあったドアを突き破ってしまったらしい。
ざわざわざわ
「ご主人さまーっ!」
 遠くの喧騒の中から、リュースの声が聞こえる。
「だ、大丈夫だ!」
 痛みが頭蓋骨の中を泥のように回っている。
「・・・と、思う・・・」
 我ながら情けない後づけの台詞を、口の中で呟く。
ゆらぁ・・・
 焦点の合わない目は、それでも対象を視界の中心に収めようとしている。・・・だが、正
 直俺はそれを見続けてはいたくなかった。
 それは、影。
 背後から蛍光燈の光を浴びて、浮かび上がる影。
 その威容は、対峙する者全てを圧倒して余りある。
「っつう・・・ったく、中田の野郎・・・違法プログラム、出所のわかんねぇチップ、あやふや
 な知識での改造・・・そんな中途半端な事してるから、こうなっちまうんだってぇの・・・」
 格好つけてはみても、状況は一向に好転の兆しを見せない。
 机の無い会議室のような所に追い込まれた俺は、窓から見える数メートル下の景色を呪
 うように見つめた。
 脱出口は・・・ご丁寧に、可愛い受付少女がとおせんぼって所だ。
 その受付嬢も、俺の所に早足で迫って来る。
「・・・アポの確認か?」
・・・ひゅっ
たたんっ
 末期のジョークを嘲笑うかのように、細い右手を振り上げて跳躍する少女。
 細いと言っても、超硬合金と複合素材でできたこん棒のようなものだ。この子の力で頭
 を殴られたら・・・それこそザクロかスイカ割りって所だ。
「リュース・・・」
 最後の最後に好きな女の子の顔が浮かんだのは、これから旅立つ俺にとっては至高の幸
 福だった。
 そして、そんな想いを脳髄ごとつぶすための鉄槌が・・・
ぶぅんっ!!
 今、
 振り下ろされた。
「ごめんな・・・リュース・・・」


                  第十四話 END
                  第十五話につづく



次回予告・岩男潤子
 中空を舞う少女は、何をつかもうとしているのか。
 それは、願い。
 それは、想い。
 心無き者は心を…そして、心有る者は満たすものを求め、試練の中で少女の心は引き裂
 かれる。
 それを包む優しさとは。
 次回、メカ耳少女の居る風景『Humane・後編』



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       第十四話 END                   第十五話につづく 次回予告・岩男潤子  中空を舞う少女は、何をつかもうとしているのか。  それは、願い。  それは、想い。  心無き者は心を…そして、心有る者は満たすものを求め、試練の中で少女の心は引き裂  かれる。  それを包む優しさとは。  次回、メカ耳少女の居る風景『Humane・後編』
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